受講のことば

 松波さんと出会ったのは、とある飲み会の席だった。話しているうちに、何やら、⼩説を書いていることが分かり、それも、⼩説に写真まで⼊れてる、⼩説は何をやってもいいんだとファンキーなことを、仰る、俺はこれから⼩説講座を始めると聞き、直感的に⾯⽩そうだと思い、⾏ってみることにした。
 最初は、到着するのに、難儀した。北浦和ではなく、何故か東浦和だと思ってしまい、⽴ち往⽣した。そのあとも何度か。何故か分からない。深層⼼理的に北を嫌っているのか。ともかく、なんとか到着した。接⾻院の登場だ。ここが会場だ。接⾻院で⽂学談議。この組み合わせは、ミシン台で傘が出会うように、新しく、不思議で、新鮮な感覚を覚え、なにか新しい発⾒を期待した。インターホンを押す。登場した松波さん。笑顔が素敵だ。他の受講者もいて、僕と合わせて 3、4 ⼈ぐらいだったと思う。中は、接⾻院らしくこじんまりとしたつくりになっていて、ベッドを机にしてしまうというまた新たな出会い、ここでは、ゆっくりと濃密な時間を過ごせそうだった。
 そろそろ本題に⼊ろうと思いますが、何⼀つ有益なことをまだ書いてないのですが、これこそ、松波太郎の教えの神髄だと、私は、解釈し、書き進めてきました。道草をすること、無駄な話しをすることが、⼤事だと師は説かれ、あえて、禁欲的に師を誉め称えることをせず、情報量を極⼒抑えていたのです。
 授業内容はいたってシンプルで、各⾃、書いてきた⼩説を、松波さんが講評し、⽣徒それぞれが意⾒を⾔い合うといった、いたってシンプルなものです。どこでもできそうなものですが、シンプルなものこそ難しい。料理だってそうじゃないですか。どこの部分が良くて、ここのところがあまり良くない。こうしたら、もしかしたら良くなるかもしれない。あくまで、かもですが。ここまで⾔うには、相当な⼩説の経験と、丁寧な読み込みが必要になってきます。ただ批判したり、絶賛するのは、誰でもできる簡単なことです。現状いい部分と、改善すべき点を教えてくれ、この場所で伸びなかったら、⾃分の問題だと思えるほど、⼩説愛に溢れた場所です。

( 30代男性 )


 「ことばが動きたがっているのに、あなたがそれを押さえつけてしまっている。」

このことばを松波センセイからいただいた時を境に、一切が変わったように思います。2020年2月8日19時33分、創作センター第二回講座でのことでした。

 2016年5月21日1時46分、わたしは病院のベッドの上にいました。急性の胃腸炎でしたが、そのあと、食欲不振、不眠、便秘、手足の冷え、唇のカサつき、などなど、あげたらキリのない身体の不調がわたしを襲いました。何事にも興味がなくなる、外に出たくなくなるといったこころの不調もおまけでついてきました。どこが悪いのか、どうやったら治るのか、病院に行っても分かりませんでした。

 2017年4月8日20時23分、わたしは自室で、とある整体院の方のブログを読んでいました。

 「身体はわたしたちの認識が追い付かないレベルで変わり続けています。」「変化にはいいものもあれば悪いものもあります。」「悪い変化に過剰に反応し、なんとか抑え込もうとしている人が多いのが現代の社会です。」「身体に起こった数々の変化に、いい悪いという判断を下さず、事実として受け止める。事実をもとに、適切な対応をする。対応の方向性が間違えていなければ、それだけで身体はひとりでによくなっていくのです。」

 この人のところに行けば治る、そう思いました。なぜかと問われるといまでも困ります。書かれたことばを通じて身体が目覚めるような、そんな感覚はありました。

 「身体の声を聴いて、それに従ってください。身体は自分のどこが悪いかを知っており、サインを発していますが、あなたはそれに気づかず、間違った身体の使い方、暴飲暴食などで身体を痛めつけている。聴こうと思って生きてこなかったのだから仕方がないことです、これから変えていけます。」

 最初の問診で言われたことです。通院を始めてからは驚きの連続でした。身体は、本当にわたしに語りかけてきていました。たとえば足先のあたりがやたらと冷えてくると、のどが痛くなる。たとえば後頭部に血の流れが止まったかのような突っ張りを感じると、食欲不振におちいる。そうやって身体は、症状として現れてはじめてわたしが認識できるような不調を、もうずっと前から知っていて、わたしに教えてくれていたのです。冷たいところは温めたり、硬いところはほぐしたりするうちに、身体の状態もいい方向へ向かっていきました。

 2019年8月30日13時25分、わたしはカフェで、自分の書いた30枚ほどの小説の推敲をしていました。この形容詞は不適切、っぽい?…… この描写はなんとなく、ダサい…… ことばにできない小さな違和感が身体じゅうにぺたぺた貼りついて、身動きが取れなくなってしまいました。何かがよくないのですが、その見つけ方も、治し方も分からないのは身体と同じでした。

 2019年11月29日15時33分、わたしはオフィスで、創作センターのホームページを眺めていました(仕事をさぼっていました、すみません上司)。

「読むことも一つの創作であるようにとらえていただければ、『書く⇔読む』を通じて、いくらでも力は伸びていくように思われます。」「書くことと読むことの段差もなくなっていきます。」

 この一節がわたしの目を惹きました。小説家で鍼灸師、ことばと身体に真剣に向き合ってきたことが分かる肩書も、自分とは無関係に思えませんでした。

 仕事のあと、センセイの著作の一つ、「ホモサピエンスの瞬間」を読みました。

 「いわゆる肩コリ→首コリ→うつ→脳梗塞→認知症というすでにきまりきったビルドゥングスロマン然とした物語が人間の身体には存在し、一度この物語の主人公に任じられてしまうと、簡単には降板できなくなる。」

 この文章を読んで、松波センセイはわたしの知りたいことを教えてくれるはずだと思いました。身体と小説を似たものとして捉えているようなことばに、自分が分かりたいけど分からない何かがある気がしたのです。

 「小説にも身体と同じようにコリがあると思っていて、このコリをほぐして作品をより良いものしていく、そんなイメージでこの講座を進めたいと思います」

 一回目の講座の冒頭で松波センセイがおっしゃったことです。ああ、やっぱりこの方があの小説を書いたのだなあ、と思わずにやけました。

 講座はとても刺激的でした。自分とは違う嗜好、視点を持った受講生との、それぞれの作品に対する講評を通じて、自分では気づけなかった互いの作品の優れた点、自分の書いた文章が相手に持たせる印象、立ち止まっていたことばの行く末、多くの発見を得ることができました。松波センセイはそれぞれの作品に鋭い指摘を与えるだけでなく、受講生の思考の巡りを促すような問いかけもたくさんしてくださり、そこからまた新たな気づきが得られました。予定の終了時間を過ぎても話は続き、帰るころには頭がじんじんと熱くなっていました。わたしは講座の間じゅう興奮しっぱなしだったようです。

 そして、二回目の講座で、松波センセイから冒頭のことばをもらいました。わたしは、過去のわたしが、身体の発する声を無視していたのと同じように、ことばが発する声も無視していることに気づきました。わたしの肌を粟立たせる作品は、その声にしっかりと耳を傾け、その要求するところに従う、つまり、ことばそれ自体の持つ推進力によって書かれているということも。

 読み方が変わり、書き方が変わりました。どこがどう悪くて、だからこう治した、というようなことが言えないのも身体と同じです。身体もことばも、原因と結果のような、人間が理解できるような構造の外で、勝手気ままに動いているような気がします。それを支配しようとするのではなく、寄り添っていくことが大事なようにいまは思います。

 まだまだことばの声は身体の声ほどハッキリとは聴こえてきません。それでも、かつては読み流した一節が身体を震わせ、書きつけたことばがわたしを知らない場所へ連れていってくれることが増えました。いまはそれがとてもうれしいです。

 松波センセイ、ありがとうございます。

( 25歳4ヵ月 男 )


 2019 年 2 月、私は誕生日を迎え、ぼんやりと、けれど強い気持ちで「いつか小説を書けたらいいな、書いてみたいな」なんて考えていた。そんな頃、私のツイッターに創作センターの募集のツイートが、桃太郎のように流れてきた。こんなことってあるのだろうか。あるのです。しかも場所は北浦和。地元から電車で 20 分ほど。北浦和は大宮と並び、私の高校時代の最寄り駅の一つでもあった。

「近くていいじゃん!」私はその情報をすくい取った。

 しかし創作センターの情報は、当時、ホームページのどこをどう探しても最低限のことしか書かれていなくて、不安だった。でも直感で、きっとここなら小説が書けそう、と思った。とはいうものの、本当に情報が少なくて、事前に受講料を振り込むとき、失礼ながらこれは本当に実在するのかと、かなりドキドキした。

 4 月、第一期の1回目が行われた。参加者は私も含め 3 名。私は小説だかエッセイだかわからないような作品を提出した。それでも、その時に感じたのは、「小説って何て自由なんだ」という開放感だった。初めての小説だった。そこから私の創作が始まった。

 あれから一年。最初は一か月に一作品書くつもりが、結果として一年かけて一作品を作ったことになった。新しいアイデアも最初の作品にどんどんくっ付けていった。そうやっているうちに、私の体調が良くなっていった。特に精神面が安定していった。好きなことに没頭しているからであろうか。そして同時に体力不足も痛感している。小説を書くって体力がいる。体力を付けようと来年度はできるだけ時間を作って、散歩をしようと思っている。

 私は一年参加してみて、参加者が入れ替わったり、ゲスト読者が来たりする中で、少人数ながら色々な意見を聞くことが出来るのが、この創作センターだと思う。書くということは、自分からは止められない、もう私は走り出してしまったのだ。

( 岡田深幸 )


松波太郎さんが商業誌を引退(?)し、鍼灸院を開き、創作講座とサッカー教室の講師をされるという謎の事態を知ったのは2018年のことでした。松波読者であった私は、あまりの情報量に困惑しました。

「もしかして、松波さん流のギャグ…?」

当時の手帳に走り書きされた「□ 松波太郎さん なんなのかかくにん」というToDoリストからも、いかに混乱していたかをうかがい知ることができます。ところがその頃はまだ鍼灸院も開院準備中の段階で、講座も開始前でした。

「調べても、なんなのかよくわからない…」

創作講座に興味があったものの、なんだかよくわからない。門をたたく勇気が出ないまま月日が流れました。しかし、転機は2019年半ばに訪れました。とある文芸イベントに出かけた際、松波さんご本人と遭遇したのです。

「え! 松波太郎さんですか!? え!」

「え? はい、松波です」

そんな感じの初対面で、失礼ながら二言目には唐突に質問をぶつけていました。

「あの、創作センターって、ほんとうにあるんですか…?」

ある、とのことでした。あるのか…あるなら、受講してみようかな。このような経緯でようやく受講生になりましたが、訝しんでいた頃の自分に言いたいです。知ってたなら最初から受講してればよかったのに。講座はアットホームな雰囲気で、一つ一つの作品をじっくり論じ合っていきます。ライフワークとしての執筆への向き合い方から新人賞挑戦に向けての具体的なアドバイスまで、幅広い意見がひゅんひゅん飛び交います。自分の文章をこんなにも「読んで、考えてもらえる」機会って、なかなか無いです。私は長い文章を書くことが苦手だったのですが、この講座が刺激となり、中編・長編に取り組むことができるようになってきました。創作センターはほんとうに「あります」。この講座をきっかけに、良いリズムで小説に向き合うことができています。

( 30代女性 )