二代目の手腕 ―― 王国の行方

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「……へえ、あぁ、そうなんですか、へえ、え、そっちも、へえ、あぁ、そうなんですか、へえ」という自分の声に対しても、へえ、あぁ、そうなんですか、へえ……という気のない相づちを打ってしまいたいくらいになってきているみたいである。へえ、あぁ、そうなんですか、へえ、え、そっちも、へえ、あぁ、そうなんですか……「……へえ」

 何で僕はここにいるんだろう……

「……へえ、そうですよね」

 何で僕はこんな所にいるんだろう……

「……そうなんですか、へえ、ええ」

 何で僕はこんな所に来ているんだろう……

「……ええ、ええ」

 何で僕はこんな所に来てしまっているんだろう……というように時間を追うごとにだんだんと後悔にもよく似てきている自分の心の中の言葉にこそ打っている相づちのようになってきている……何でわざわざこんな所に僕は来てしまっているんだろう……

「……ねぇ」

 とつい一度タメ口のようになってしまったものの、ねぇ、とここでは目の前の相手たちの方も三人目、四人目、五人目……の内なる自分のように返してきている。

「……ですよね」とつい再び敬語で言い直しているけれども、べつにタメ口だっていいのである……「……へえ、そうなんですか」

 〝タメ口〟という俗語めいた言葉自体をこのまま口から出していったっていいのである……

「……へえ」

 タメなのだから……

「……すごいですね、へえ、もう」

 目の前の相手たちが一人一人誰なのかはまだいまいちわからないままではあるけれど、タメを意味する同級生であることは間違いない……

「……会社の役員になっているんですね……すごいですね……」

 社員数わずか二十ほどであることを謙遜ぎみに付け足して伝えてくるものの、純粋にすごいと思う……自分と同じ年ですでに会社役員……社長っていうことだろうか? と〝役員〟の意味を推し量ってみてから、自分たちの年齢で逆算してみる……高校を十八で出て、大学も出ていたとしたら二十二、三からヒラを五、六年して、それから係長でもなって、さらに四、五年やって……なんだ、全然可能じゃん、三十八で役員になるのも……

「……へえ、まぁ、そうですか」

 逆に僕の方がすごいんじゃないか……と三十八になってもアルバイトのままである自分自身の方が稀少に感じられてくるので

「……えぇ」という相づちもさらに鳴りをひそめるようになってくる……「……へぇ」

 もはやほとんど相手にきこえていないんじゃないか……っていうくらいのボリュームになってきている。

「……まぁ、そうなんで」すね……という語尾を言い切らぬうちに相手たちの方が話を進め出しているので、そっと進めさせておくことにして、へえへえへえへえ……消えていくBGMのようにさりげなく円の輪郭をぼかして一人ほつれていくことにする……

「……へえ」という声ももはや空気である……「……へ」

 の音で酸素を吸いこんで

「……えぇ」

 とのばしながら二酸化炭素もろもろを吐き出す……

「……へえぇ」

 という音に足どりも合わせてなかば抜き足差し足の態で出口の方に向かっていくも、そこは入口も兼ねられている……

「こんにちは」と受付の女性に声をかけられる……「ほんと久しぶりね」

 もちろんこの受付の女性もかつての同級生の内の一人なんだろうけれど、やっぱり名前が思いおこせない……

「……ええ」思いおこすべき名前すらわからない……二十五年の年月が経って体つき・顔つきも変わっている上に、その〝二十五年〟をメモリアルとしているこの日のために化粧や服装も厚手になっているんだろう……「……はい」

 瞳の中心がどこにあるのかいまいちわからないほどのアイシャドウということもある。

「元気にしてた?」

「……ええ」

 という声と共に、視線の方も核心/確信を欠いたものとなっている……

「ほんとに変わらないわね」

 それでもこういった挙動もまた不自然には感じられていないみたいである……

「ほんとにそのまんま」

「……そのまんま」

「いっつもどこ見てるかわからない感じで、ぼそぼそ何言ってるかわからなくて」たしかに今のままではある。「ほんと変わらない」

 よくもまぁそんなに影の薄い同級生を憶えていたものだと思いつつも、相手の方も自分の名前を忘れているのではないか……という疑念は晴れていない。

「いつまでいたんだっけ?」

「……いつまで」

「最後まではいなかったでしょ?」名前の方は省略して進めてくる……「卒業までは」

「……あぁ、うん、はい」

「六年までいた?」

「……いや、五年の秋まで。親の仕事の都合で、夏に異動が決まって、二学期を半分くらいだけ出て……」

 ということについてまでは、きいていない。むしろどうでもいいかのように、こちらの言葉の句読点よりも数倍多い相づちを打ってきている……

「はいはいはいうんうんうんえええええ」

 高速でうなずき続けていたイカリ型の頭髪からは何かキラキラしたやつが落ちている……もしかしたら本人の視界にも入ったのかもしれない……

「ええええ、えッいたた」視界どころか眼球そのものに入ったようで、急に相づちを止めて痛がりだす……「いたたた」

 頭が動いてよけいにキラキラが落ちはじめる……デザインのみならず、形状も鋭利であるからキラキラなのかもしれない。

「いたたた」

 こちらからは依然として眼窩かもわからない顔上半分の方をおさえながら、いたたた……と相づちの延長のようにうめき続けている。

「……大丈夫ですか?」

 ようやくキラキラがまぶたの方に出たということなのかもしれない。

「いったぁ」と一音がのびるようになったところで、おさえていたかこすっていたかの手をようやく離す。「いったぁ」

 かなり頑丈に塗りつけていたようで、アイシャドウの方にはとくだん乱れは出ていない……

「いったかったぁ」

 とそのまま過去形に転じさせているこの語尾ののびの方にこそどことなく少女時代の面影があるように感じるようになっているものの

「それで」と再び低い声に戻りだす……「何年いたんだっけ?」

 ここには……と地を這うように低く継いでくる声に、えーと……ととうに声変わりを経た声でこちらも応じているものの

「……二年間すかね」という答えは最初から出ていた。「……ええ」

「二年だけ?」という反応があらかじめ予測できていたこともある……「たった二年だけなんだっけ?」

「……ええ」

「それだけしかいなかったんだっけ?」

 たった二年間しかいなかったのに、何でここに来てんの? という含みを読みとれるのは、こちらもすでに考えついていることだからである……何で僕はわざわざここに来たんだろう?

「そっかぁ」

 何でアルバイトを休んでまでわざわざここに来たんだろう?

「……ええ」

 何で高速バスに乗ってまでわざわざここに来たんだろう?

「……まぁ」

 義理などはあまり重んじてこなかった自分の性格からして、まったく目的がないのにここまで来るはずがない……

「……はい」

 その〝目的〟をきちんと言葉にまとめることはせずに、ただ何となく足が赴くままにここまでやってきてしまったようである。

「……へえ」僕は行かなくちゃいけない……「……ええ」

 行って、きちんと何かをしなくてはいけない気持ちに今さらながらかられてくるけれども、それが一体何なのかは自分でもまだよくわかっていない……会わないといけない同級生がいるのかもしれない。

「今はどこに住んでんの?」

 しかし、今のところその同級生はここには来ていないということなのかもしれない……

「……関東の方すかね」

「関トゥッ!」というように発音する同級生が過去にいたように思い始めつつも、少なくともこの人ではない。「すごうぃッ!」

 そもそも自分にはここまでして会わないといけないような同級生などいたのだろうか……

「……ええ」

 仲の良い同級生などいたのだろうか……

「よっぽど会いたい同級生がいたとか?」

 実家の方から転送されてきた案内のハガキを受けただけでぬけぬけとやって来たここまでの自分にこそ会って、じっくり話をきいてみたいような気分になってきている……

「……えーと」思いうかんでくるはずもない……「……誰だっけかな」

 あわよくばこのまま帰宅してしまおうと考えていたこともとりあえず隠しておくように、受付の隣のドリンクサービスから陶製のコーヒーカップを手にとる。

「……えーと」アルコールなんか飲んだらこのまま寝てしまいそうだ……「……ほら」

 もしかしたら睡眠不足によって少々記憶力や想像力もろもろが減退していることもあるのかもしれない……

「……何て名前だったっけかな」

 もとからこの程度の記憶力ならびに想像力しか持ち合わせていないようにも感じつつも

「……ごめん、すぐに出てこないや」と実際に声にだして、すべては睡眠不足のせいということにしておく。「……あんまり眠れなくて」

「何で?」

 とコーヒーを手にとったら勝手に付いてくるクリープのようにたずねてくる。

「……何で」

 高速バスはいわゆる夜行バスというやつでもあり、席を予約した時にはラッキーと思った後方の窓側の席がちょうど後輪の真上だったのだ。

「興奮してたから?」

「……興奮してたというか、興奮させられたというか……」

 自分の心臓の拍動とは違ったリズムで一晩中揺さぶられ続けていたことに加えて、後方の席の年配の男性と女性のいびきがうるさかったのだ。

「興奮させられた?」

 年配のかたに対しては〝おじさん・おばさん〟と呼ぶことにすら引け目を感じることのある気高いモラリティーをもっているつもりではあるけれど、やっぱり爺・婆という語彙は体のどこかに眠れる獅子のように生息していたんだろう……

「んー」獅子はかれらであるかのようなジジイ・ババアと明け方にはきこえてくるくらいのいびきだったのである……「んー」

 とまさにその時のいびきのようにうなりだしているけれども、そこまで同級生がこちらの興奮うんぬんに関心があるはずがない。

「あッ、もしかして」こちらが会いたがっている架空の同級生についても同時並行的にずっと考え続けていたようである……「あのコじゃない?」

器用な人だ。

「……ん?」

「あのコでしょ?」

「……あのコ」

 女子のように言ってくるけれども、女子なんて当時の自分からしたらなおさらである……

「みいちゃん」

「……みいちゃん」

「そう、みいちゃん? みいちゃんでしょ? みいちゃんにきまってる!」

 ともはや断定口調になって迫ってくるけれども、全然きき覚えがない……

「……誰それ?」

 とつい反応した言葉に対して、まずはこちらの名前をここで明らかにしてきた。

「だって猫木ねこきくん」なんだかんだこの女性は受付の人間なのだ。眼窩のよくわからない顔面をそっと一度だけ台に落として、参加者名簿でも確認したんだろう……「みいちゃんと仲良かったじゃない?」

「……はぁ?」

「イジメてたじゃない?」

( 続きは本篇にてお楽しみください )