自分探し

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 わたしは迷える若者をひとり知っている。

「松波さん、俺何かやりたいんですけど、何をやっていいのかわからないっす」

 かれの名字はKである。名前もKである。文章をもって世に紹介するとなるとプライバシーの問題とかいろいろあるのでKとしておく。Kは福井県鯖江市出身の二十四歳とだけしておく。

「だから、自分探しに行くっす」

 最近〝自分探し〟という言葉そのものを笑う風潮があるけれど、意味しているものはけっして悪いものとは思わないので、やったらいい。一人旅にでも出たらいいとわたしは言った。

「ありがとうございます、松波さん」

「いや、なぁに」

「松波さんならきっとそう言ってくださる? くだされる? んじゃねぇのかなと思ってました」こういう敬語表現が苦手なだけで、べつに悪意は微塵も感じさせない。「松波さんなら茶化さずに真剣に俺の話をきいてくれるんじゃねぇかなって」

 むしろこちらの言葉遣いの方が流暢な敬語などよりも敬意が迫ってきている気がする。日頃から思っていることではあるが――多い時は日に三、四度思うこともあることだが、やはり大事なのは人間、心なのだろう。

「まぁ探せるだけ探してみたらいいさ」

 とわたしの方は旅に出るわけでもないのでなるべく冷静に距離をおきながらも、この若者のために一つこちらからも〝心〟を贈ってやりたくなってきている。

「それでなんだ」わたしは少し言葉を選んだ。「その自分を探しに行くやらのために何か必要な物とかはないのか?」

「えッ?」

「ないのか?」

「えッ?」

「わざとらしい反応をするな。あるんだろ? あるから今日ここに来たんじゃないのか?」

「そんなわけないじゃないですか!」と口先をすぼめてきながらも、両口角はひくひくしている。「でも、え、いいんすか?」

 こういうちょっとおちょくっているような所もまたわたしがKを好きな所なのだ。

「いいよ」

 本当に親しみをおぼえているからこそ、このようにほどよく人は人をおちょくるようなものなのだとわたしは心得ている。

「あざーす!」

「またまたそんな体育会系な返事しちゃって」

「はは、そうすかね」

「それで何が必要なんだ?」と改めてたずねておきながらも、現金だって構わないように記憶しているけれども、食事には何回も何十回も連れていってやっている。Kには頼れる先輩もあまりいないらしいし、わたしの方にだって可愛がれる後輩はあまりいない……というか、他にまったくいないように思い直しながら「んーと、あ、ん……」

 とつぶやきながら、〝現金〟に代わる言葉を見つけようとしていた。

「ん? どうしたんですか、松波さん?」

 〝現金〟では当たりが強すぎる。

「……あぁ、そうだ、餞別だ」この言葉の方が適切だろう。「餞別でもいいぞ」

「センベツ?」

「そうだよ、餞別」

「センベツ……」という語彙がないのか? それとも……センベツって、金のことすか?」

 とわたしの努力のあとを全てフイにしてくれるあたりも良い。要はKのことなら何でも許してしまうのかもしれない……

「そうだよ、金のこと」たしかに餞別には物品の意味合いも一応含まれてはいる。「その自分探しとやらにも手間賃ぐらいかかるんだろ?」

 わたしが笑っていた張本人だったようにも思いながら〝自分探し〟をもう一度口にして、財布の在り処を探す。たしかKが来る前まで、わたしはこの座卓を使っていつも通り仕事をしていて、仕事をするには邪魔だったからたしか財布は向こうの……

「……そうですね、金はかかると思います」

 向こうの本棚の二段目のスペースに置いてある革財布を見つける。二段目には文庫版ばかり入れてあるので、前の方には広々とスペースがあいているのだ。

「そりゃそうだろうな」

 Kが来る前にわたしは仕事をしていて、その仕事の前には近くのコンビニに昼食を買いに行っていたのだった……という時系列の隔たり通りの距離を現在地点と感じながら、わたしは中腰になって手をのばした。Kには背を向けた。

「ヨッコラセ」という言葉が自然と出てしまう。わたしももういいトシになってきているのだ。「セッ!」

 とつい語尾の一音が悲鳴のように上がってしまったのは、そのトシのせいでギックリ腰をやってしまったとか、そういうものではない。

「ここに探しにいっちゃおうかなぁ」というような言葉が後方からきこえてくる。「いいすか、松波さん?」

 中腰になってもち上がったわたしの尻にKが何かを刺し入れようとしているのだ。そのあたりにあったペンとかだろう……

「……やめろ、K」つい力が抜けてしまい、ケーという音も最後までのばしきれず、そのまま本名になってしまう。「……けい

「はい」

「……何してるんだ、ほんとに、おまえは」

「はい……いえ、冗談すよ、冗談」〝冗談〟なら許す。わたしにはそこまでの趣味はないのだ。たとえ愛する後輩が相手だとしても……「すいません」

 と謝りまでしてくるので、もういいよ、と声を小さくかけて、財布をとり終える。わたしの方にもKを悪ノリさせた原因があるのだろう……とやはりKが相手だと、すぐに自分の落ち度の方を認める気になれる。そもそもそんな怒るようなことでもないのかもしれない……

「……冗談だろ? 冗談ならもういいよ」

「いえ、松波さんのケツの穴が何だか突然トンネルのように見えてきちゃいまして……」

「……オレ」とついわたしも言葉が乱れる。「……ケツの穴晒しながら生活してねぇよ」

「はい」

「……ちゃんと服着てるだろ?」

「ですね」

「……イヌじゃねぇんだから、まったく」と言いながらも、自分の名前・太郎がイヌ然としていることを思い出して、つい笑ってしまう。「……はは、まぁいいよ」

「ええ」

 初めて尻の穴を奪われるならKかな……くらいにわたしも冗談のようにとらえて座卓の前に座り直して、財布の中の紙幣を数えた。

「ほら、もっていけよ」

「えッ!」今度は素や地のような反応の声である。Kのことだから、今しがたのことを重々しく反省しているわけでもないだろう。「三枚もッ?」

 もちろん〝枚〟の単位は〝万〟にも置き換えられる。

「悪いな、今たまたまそれしか入ってなくて」

「いや、こんなに悪いですよ」

「なんだよ、案外肝の小さい男だな」と言った後で、今し方のじゃれ合いの直後にこの言い回しは少しまずいようにも思ったものの、肝を文字通り肝臓くらいの意味にしかとらえていないのかもしれない。

「はい……でもなぁ」話はそのままスムーズに進んでいく。「さすがに三枚は……」

「これくらいすぐに使っちまうだろ?」自分探しの旅先にわたしは国外を念頭においている。「足代にもなんねぇだろ?」

 大きなリュックサックでも担いでいくのだろうから、そのカバン代にもならないかもしれない……近年の登山ブームにあやかって最近では高機能かつ高価なバッグが出回っていて、デザインも洒落ていることからブームはバッグの方から作り出したのでは……的な転倒を面白おかしく書いていた他の作家のエッセイかコラムだったかを思い出しながら、Kの話をきいていたので、もしかしたら聞き落としていた箇所もあるかもしれない。

「さすがに三枚は悪いんで、じゃあ一枚」

 というようにいつのまにか結論づけているようだが、わたしは座卓の細い木目に唐草文様のデザインが絶妙に絡んでいる万札を引っこめることはしない。

「一度出した札を引っこめられるかい」先ほどから気になりだしているのだけど、そもそもこの生粋の江戸っ子のような言動は何なのだろう……と自分で不思議に思いはじめている。「……引っこめられるかい」

 いつもKの前ではこのように自然となってしまっているのである。

「はい」

「……一万で見つけられる自分なんざ、どこかで見つけてしまっても」福井ほど辺鄙ではないものの、わたしもこの東京の出身ではないのだ。「……拾わずに、野垂れさせておけ」

「はい」

「……これくらいもっていけ」

「じゃあ頂きます」と言って、めずらしく頭を深々と下げてから、ようやく三枚の紙幣を引きとった。「ありがとうございます」

 いつもの〝あざーす〟でもない。

「はい」

「まぁそうだな……」とここからKがこれから自分を探しに行く旅先についてたずねたり、話し合ったり、さしでがましく助言なんかもしてやりたい気分にもなっていたけれど、止めることにした。そのような旅先をきめることも一つの〝自分探し〟というやつになるのだろう。飛行機で行くのか、船で行くのか、車で行くのか、電車で行くのか、自転車で行くのか、歩き続けるのか……「……まぁがんばってくれ」

「はい」

 それでもおそらく海外には行くことになるのだろうと、わたしは何となく思っている……最初に行くのか、最後に行くのかはわからないけれど……

「……がんばって探してくれ」

「はい」

「……また帰ってきたら連絡くれよな。直接ここに来てもいいし」

「はい、きっとそうします」

「……大体ずっとここにいると思うし。いなかったら、そこのセブンの立ち読みコーナーだ」

「あれ、立ち読みコーナーってわけじゃないんですよ、松波さん」

 わたしとKは笑い合った。まるで最後のひと時であるかのように笑い合った時間は短かったものの、手を握り合う時間の方は最後まで続いた。

「……この手で他の尻の穴の中に手を入れたら許さないぞ」わたしはいったい何を言っているのだろう……「……いいか?」

「はい、松波さんも」

「……言わずもがなじゃないか」

「いわずもがな?」語彙がないのかもしれない。〝言わなくてもその通りじゃないか〟というように多少長くなってもきちんと言ってあげた方がよかったかもしれない……と別れのおさまりが少し悪くなってしまったことをやや悔いたものの、戸の外に出ていく際のKの言葉にはいつも通りの安定感があった。「俺がいない間に、俺を使ってもいいすから、松波さん」

「……またそれか」これがKの口癖なのだ。「……そんなに困ってないよ」

 決まり文句のつもりでもあるのかもしれない。

「またまたぁ。俺ほど面白い人間もネタもそうそうないと思いますよ」

「……なんだ、もう見つけているんじゃないか? 面白い自分を」職業の肩書きに恥じない言葉遊びを一つしてやったつもりだ。「……探す必要なんてないじゃないか?」

「まぁそうっすね」と軽く受け流してくる。「まぁ俺は行きますんで。この三枚は俺をネタにした印税ってことでいいですんで」

 おそらく印税と原稿料の区別もついていないのだろう。

「……本当に書いたとしたら、ケタが違う額を払ってやるよ」このようなことは親戚連中とかからも言われ慣れてはいるのだ。「……そのうちな」

「小説にしたら、ちゃんと教えてくださいよ」

「……あぁ」

「一冊くらい送ってくださいよ」

 単行本にまではならず雑誌掲載にとどまる可能性もあるが、これ以上言うとややこしくなりそうなので、あぁ、そうするよ、とだけ返した。

「絶対ですよ!」

 もしその時Kと連絡がとれなくなってしまっていたら、どうしたらいいのだろう……といったことも、もちろん言わない。

「……あぁ、そうするよ、って」

「そのまま俺を書いてくれればいいですから」

「……一応伏せる所は伏せるさ」とのべてから、わたしは何気なく言った。この職業としてはしょっちゅう使う言葉なのだ。「……ノンフィクションでな」

「ノンフィク……何です?」

「……いや、何でもない」といったんは隠しながらも、Kの自尊心をここで傷つけて、この玄関で傷ついて行き倒れた自分など見つけてほしくない。「……フィクションというようないわば〝嘘〟は書かずに、ありのまま書くってことだ」

 ずいぶんあっさりと語釈しすぎたようにも思いながら、わたしの方も最後は口調が決めゼリフめく。

「……フィクションはノンだ!」

 なるほど……とKの声の方が小さくなる。

「よくわかりました」

「……おぅ」

「では、さようなら」

 もし本当にこのやりとりが最後となってしまったのなら、Kのことについてはここから書きはじめようとわたしはこの時思った。

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 それでもKは二ヶ月後にきちんと戻ってきたのである。正確には一ヶ月と二十九日後のことだ。

「いやぁ、本当に疲れちゃいました、ええ、まだ帰ってきたばかりっていうこともあるんですけど、ええ、今回ばかりは本当に本当に疲れちゃいました」文字に起こしてみるととくに何も変わっていないように思うし、以前は最後まで発音していなかったように思う〝ほんと〟が〝本当に〟ときこえるくらいのことで、字面としては少し丁寧になったようにも感じられるが……「あんまり寝ていないんですけど、やっぱり松波さんの所にはすぐに行かないといけないなっていうことで来ました、はい」

 などというおべっかめいたことまでわたしに言ってくるが……

「ありがとうございました、松波さん、その節は。金まで頂いちゃいまして」敬意のようなものは少し減っていっているようにも感じられる。もちろん帰ってきたばかりということで、Kの一挙手一投足一言動にわたしの方が神経を研ぎすませすぎているというような可能性もありうる。「本来でしたら土産とかも買ってくるべきところだったのですが……」

 いずれにしても、Kは帰ってきたのである。自分をなかなか見つけられずに、奥の奥の方へと進んでいって樹海にそのまま入りこんでさ迷ってしまったり、あるいはあまりに血眼になって探し回っていたせいで遠景から迫ってくる車や電車に気づかずに轢かれてしまったり、あるいはそのまま崖の下に転落してしまったり……いずれにしても死というエンディングを迎える物語を実は想像していて、小説のネタとしてはたしかにそっちの方が盛り上がるか……というような商魂にも三割くらいの魂を売っていたのだけれど

( 続きは本篇にてお楽しみください )