松波学園女子高等学校

関東平野に     乞いたもう     われらわれら

なんじの   一縷の希望の光とならん   はやてぶち

武蔵のほとりに      建てる      まなびや

雨にも風にも負けぬ     千古の造り     あぁ

松波のおとめ  松波のおとめ 呼んでいる 呼んでいる

春の息吹    夏の清涼   秋の稲穂   冬のそれ

あぁ   われらわれら     松波学園女子高等学校

「本日は高等部のみなさんのご卒業のために多くの方々にお集まりいただいております。ご来賓、ご父兄、幼稚舎・初等部・中等部・短期大学部の生徒の皆々様。まずはわたくし学園長からご足労いただいた皆々様に一言感謝申し上げたいと思います。どうもありがとうございます。高等部の生徒たちの方からものちほど個別にこのような謝辞があるかと思いますが、学園長として大変に感謝しております。どうもありがとうございます。高等部の生徒たちは本日のことを一生忘れないことと思います。そして本日をもってご卒業する本日の主役の高等部のみなさん。ご卒業誠におめでとう。これまでいろいろな事にはげみ頑張りましたね。そのはげみ頑張りが多くの方々に認められた結果が、本日の卒業式なのだと思います。本日の主役はあなたがたです。学園長であるわたくしも本日は裏方・黒子に徹しようと考えております。主役のあなたがたの卒業という晴れ舞台を邪魔することのないように留意したいと考えております。あくまで本日の主役はあなたがた卒業生なのです。ですので、あまり長々と祝辞を述べ立てるつもりはありません。〝おめでとう〟という一言と、本日をもって学園そのものをあとにする卒業生には〝いつでも戻ってらっしゃい〟という一言を最後にお送りしたいのです。俗界・塵界の生活に耐えることができなくなったら、いつでもこの松波学園にお戻りください。俗界・塵界ではあまりがんばりすぎぬよう。傷みつくしてからでは手の施しようがない場合もございます。松波学園はいつでもあなたがたのお戻りをお待ちしております。本日はご卒業誠におめでとうございます。わたくし学園長からは以上です。はやてぶち」

 松波よし子学園長の祝辞がおわり、あたしたちは座ったまま深く頭を下げた。

「学園長どうもありがとうございました」

 トイレか何かだと思うけれど、学園長は自分の席にはもどらず、本当に今日は〝裏方・黒子〟に徹するようにそのまま後方に消えていった。

「どうもありがとうございました」

 あたしたち卒業生の大半は〝俗界・塵界〟にはでず、そのまま学園内の短期大学部にエスカレーター進学する。

「二〇一三年度卒業生」

 就職も松波学園グループの企業が圧倒的に多い。

「四十六名のお名前を五十音順に読み上げますので」

 学外の企業に就職するのはあき子ちゃんとり子ちゃんの二人だけなので、二人のための祝辞のようにもきこえた。

「返事をして起立して下さい」

 学内進学・就職100%を目標に掲げているので二人にたいして学園側から引き留めがあったみたいだけれど、学外の社会に一度でてみたいという意志はかわらないようである。

「あい子さん、あき子さん、あつ子さん、あみ子さん、いく子さん、えつ子さん、えみ子さん、きみ子さん……」

 〝校歌斉唱〟、〝学園長祝辞〟が順番におわり、卒業式の司会進行をつとめる担任のかず子先生があたしたち卒業生の一人一人の名前を呼んでいった。

「はい、はい、るんッ、はッ、はい、はぃ、えい、るん」

 名字で呼ばれることは同名の人以外はないのである。

「たか子さん、ちか子木田さん、ちか子室田さん、とき子さん、なな子さん、のり子さん、はま子さん……」

 〝のり子さん〟のあたしも返事をし、立ちあがった。

「しらー、ちゃっす、押忍、へい、はいはい、はい、うん」

 このように返事は〝はい〟でなくてもいい。

「ふみ子榎さん、ふみ子賈さん、ふみ子西さん」

 だからといって、個性を前にだせと言われているわけでもないので、あたしはいつも普通に〝はい〟とかえす。

「りつ子さん、りり子さん、わき子さん……」

 入学試験よりも出願資格の方がきびしく、このように〝子〟がつく名前でないと試験すら受けられないのである。

「はい、はい? もしもーし、うん、だよ、そうそう」

 一九八六年からこの出願資格ができたのだときいている。

「ユシシェンコさん、ティモシェンコさん、クリチコさん」

 協定校が海外にできたのがその年で、その年の春におきた事故で悲しみにくれていたその地域に寄り添うことを目的に、共通点を受験資格にしたのである。

「はい、ハイ、はい」

 あたしはもともとその出願資格をクリアしていたけれど、第一志望だったわけではなく、都立と駒沢を落ちてこの松女まつじょに入学した経緯がある。

「二〇一三年度卒業生」

 もともと中学時代は休みがちで、高校になんか行きたくないとも考えていたけれど、最後の最後になって当時の担任が淡々と松女のパンフレットをもってきたのである。

「以上五十四名」

 ただ友達がいなかっただけだからはっきりといじめられていたわけではないけれど、たしかに〝いじめられっ子〟の大半は中学時代のあたしのような青白い陰気な顔をしている。

「卒業生代表」

 精神より前にやっぱり身体が参っているのだと思う。

「ちか子木田さん」

 実際にこの学校に高等部から入学して一月ほどで顔色も体調も良くなり、この二年間は忌引き以外で休んだことはない。

「ちゃっす」

 高等部から入学したあたしとは違い、中等部から松女にいるちか子ちゃんが代表で返事をし、来賓や先生たちに礼をしながら校旗の掲揚台の前に立った。

「本日は二〇一三年度の卒業式にお集まり頂きどうもありがとうございます。Thank you for your attendance at the graduation ceremony 2013 .」

 掲揚台の上には今日は校旗とは別の物が吊り下がっている。

「とても感謝しております。Much appreciated.」

 今日は来賓の中に日本と同じく〝コ〟の名前(名字)が多いウクライナにある協定校の関係者が来ているので、日本語のあとに英語を付け足している。

「わたしは卒業生代表のちか子です。I’m representative  graduate.」

 日本語と英語をひとくさり言いおえるたびに頭をかるく下げる。

「ちか子木田です。My name is Chikako Kida born in Kashiwa city」

 首の一種の運動のようにリズミカルに下げる。

「本日の卒業生代表者に任命されて以来、わたしは緊張のあまり、寝つきの悪い日々がつづきました。Kashiwa city is located in Chiba prefecture.」

 これも礼節をつくそうとする意図だと思うけれど、来賓にむけた英語の方がより細かい情報を与えている気がする。

「しかし眠れなかったということはありません。The specialties of Chiba prefecture are a fresh fish and a peanut.」

 さきほどの学園長の祝辞の時もそうだったが、同じ姿勢でいると血行が悪くなるため、皆その場で手首を回したり体を動かしたり、一人一人の席の間隔も広めにとってある。

「足の裏にある湧泉・失眠のツボに毎晩灸をしているので快眠です。わたしは小学生の時にすでに不眠に悩んでいたのですが、松波学園に入学したお蔭で不眠は消えました」

 英語でもちゃんと言った湧泉・失眠のツボ名はYusen・Shitsuminではなく、gush spring・lost sleepだった。

「学園長、主任、そして各先生方には体調管理の面でも大変お世話になりました。Thank you everyone .」

 学園長は普段高等部ではなく短期大学部の方にいて、高等部は唯一の男性でもある一人息子の主任が統轄していた。

「そしてこれからもよろしくお願いします。Thank you for your continuous support.」

 ちか子ちゃんは卒業後そのまま短期大学部(松短まつたん)に進学し、鍼灸漢方しんきゅうかんぽう科に入る。

「わたしたちは卒業後も高等部の方にもお邪魔するつもりですので、先生方よろしくお願いします。We will come to see you after the graduate . So please remember us.」

 高等部から十五ヘクタールほどの田畑をはさんで立地する短期大学部には、鍼灸漢方科のほか、牧農科、教員養成科、いきいきありがとう科、保育科がある。

「長くなると血行に悪いので、わたしからの挨拶は以上です。Standing for long time is not good for the blood circulation , then I will end my speech .」

 ちなみにあたしは学園内の幼稚舎で実習をおこなう保育科に進学する。

「はやてぶち。Hayatebuchi.」

 学外の大学も一度は考えたことがあるけれど、なんだかんだで今の自分には松女しかないように思うのである。

( 続きは全集一郎にてお楽しみください )