BEIJING 2008

明るいウェイライのために

少々のクンナンがあったとしても

シエンザイを乗り越えていこう!

がんばれ! ウェイライある若者たちよ!

新しい自分になれるんだ!

そしてキミたちが国の新しい

ウェイライでもあるんだ!

1  

 というようなスローガンに押し出されて、一歩一歩進んでいっているようでもある。一日一日、一分一分、一秒一秒進んでいっているようでもあるけれど、まだ目的地は見えてこない。完成する目処はまだ立っていない。〝新しい自分〟はまだまだ遠くにあるようで、いつになったら新しくなれるんだろう? 今日もひっきりなしに工事が進められているようだ。新しい建物をつくるばかりではなく、重機で取り壊していく光景も目のあたりにすることが多いので、進んでいるのかすら怪しくなってくる。一進一退といったところなのかもしれない。目のあたりにするのは何も光景ばかりでなく舞い飛んでくる砂塵もそうなので、しばしば目そのものを閉じる。聴覚や嗅覚の方に委ねてみると、むしろ後退していっているんじゃないかという程に感じられてくる。トイレのにおいだろうか? 覆い隠していた壁や屋根を取っ払って壊しているせいで、大気中に漏れ出ていっているようである。脳に委ねて想像までしたくないけれど、この黄味がかった砂塵もそういった排泄物のしぶきのように感じられてくる。閉じている目の上の眉根からシャッターのように閉め切って入ってこないようにし、産毛にまで神経を張り巡らせるようにして鼻の穴からも入ってこないようにガードしたつもりになる。口もほとんど閉ざすようにしていると、聴覚がよけいに研ぎすまされていく。

「ボンボンボン……」というように排泄する音のようにもきこえなくはない音である。わざわざ研ぎすませなくたって十分に耳に入っていた音なのである。「ボンボンボン……」

 耳から入って、外からの大気などと共に顔全体に拡がっていくようにも感じられてくる。脳にまで漂っていった後には直線的に下降して、一気に首を抜けて、胸に拡がっていっているようである。手の方にまで分かれて拡がっていっているのかは定かではないけれど、両方の手首の脈が自分自身を驚かすくらいに浮き沈みをくり返していることは確かである。

「ボンボンボン……」というような音がきこえるたびに指の関節が跳ね上がる。指もどうやら驚いているみたいだ。「ボンボンボン……」

 目を閉じる寸前まで見えていた重機のショベルの残像が持ち上がって、自分の指のように動きだしている。取り壊した後の土地を何度も何度も掘り起こしているようである。

「ドンドンドン」

 掘り起こしていくたびに音の方も強まっていっているようにきこえる。けっしてボリュームが大きくなって拡張していっているとまでは言い切れず、あくまで中心の芯の部分が強く硬くなっていっていることが確かなだけだ。胸のさらに奥の方が蠢きだしているようだ。

「ドックン、ドックン」

 というようにもきこえだしているが、この音の表現自体が陳腐なもののようにも感じられてくる。

「ドックァン、ドックァン」と〝ドックンドックン〟という音の表現をも工事していくように音は強まっていっている。「ドックァン、ドックァン」

 本当に生物が胸の奥に潜んで蠢いているかのように、鳴き声や悲鳴めいてまできこえてくるようになっているが、工事が手を緩めることはなさそうだ。

「ドッグァン、ドッグァン」

 指のみならず腕の方も屈伸運動をひとりでに始めるようになっていて、そのはげしい工事運動によってよけいに胸が波打ちだし、自発的に閉めていた口や鼻も開いていってしまうくらいに呼吸もはげしくなってきている。

「ハァハァ」という音も自分の耳には新種の工事機具の登場のように感じられてくる。はっきりしたことは言えないけれど、足もバタつきだしているように思う。実際に工事の手が土壌や地盤の改良に向かっていて、震動を生じさせてきているのかもしれない。「バァバァ」

 と〝ハァハァ〟という音の表現をも改良していこうとしているように感じられてきている。表層の建物や景観を変えるのみでは、新しい自分にはなれないということだろう。

「ブァブァ」

 新しい都市には生まれ変われないということだろう。

「ガンッガンッ」

 というようにまったく異なる音もきこえだしている……

「ガンッガンッ」

 あたりにトイレのにおいや砂塵を撒き散らしているような工事のクオリティーそのものをも改良していこうとするようにきこえるまったく別種の機具の音だけれども

「オイッ」どうやらこれは〝音〟と言うより〝声〟のようだ。かえって機具としては退化していっているように乱雑に叩いて、僕の肩の肉を掘り起こそうとしてくるツルハシのようだ……「ズットよんでんやで!」

 ズットは〝ずっと〟なんだろうけれど、僕の耳には最初音のようにきこえてしまった。

「エエかげんにせえッテ」

 というような自国の言語であっても関西方面の訛りがあるせいかもしれないし

「ほれ、ガンッや!」

 というようにちょくちょく違う言語をおり混ぜてくるせいもあるのかもしれない。

「……アァ、ウン」

 と自分の耳にも音のようにきこえだしている僕の習熟度に合わせて、その割合は増していっているように感じられる。

「〝あぁ、うん〟やなくて、ガンや、ガン!」

「……ガン」

 ガガガガガ……というようにもきこえ続けている周囲の工事音ももちろん影響しているんだろう。口と鼻と共にいつのまにかひとりでに開いていた視界の窓には、20:08という数字が相手の腕時計の方にたまたま灯っていたが、今はまだ2008ではない。

「ガンッ」

「……ガン」2003だ。「……もう何杯目?」

 ときいたつもりだが、相手の耳にもカタコトのようにきこえたようだ。相手の方もきっと早く工事を進めてほしいはずだ。

「モーナンバーメ?」こんな夜の時間帯に入っても工事を続けていることに関しては何も言わない……「ナンバー? NUMBER? 英語?」

「……ちがうよ」

「チガウ」

「……日本語だよ、日本語」

「ニー本語」というようにニーの部分はこの国の言葉〝你〟のように発音して、その発音そのものをもっと工事していくように僕に促した。「もっと発音練習しろよ!」

 スローガンのようにもきこえなくはない。

「ファーイン(发音)の練習しろよ! 日本語ばっかしゃべってないで、日本の漢字とか音に似ているものからでもいいから、もっとしゃべってこいよ!」

「……ウン」

「少々の困難があったとしても!」

 もしかしたらスローガンの影響もあるのかもしれない……

「少々のクンナン困难があったとしても!」

「……クンナン」

「何だよ?」

「……いや、そっちも頭に入っているんだなと」

「中国語、中国語」

「……あぁ、うん……ウン」 

 中国語をあえて混ぜた形になっていたのも、早く新しい言葉を覚えさせるためでもあったんだろう……

2   

「いいですかね? ここにも書きました通り、中国に着きましたら皆さん驚かれることと思います。いくら首都と言いましても、まだまだ発展途上に感じられることかと思います。汚い建物ばっかりだったり、汚い道路ばっかりだったり、生活していく上で勝手が悪いように感じることも多かろうと思います。そこに住む人々に対しても発展途上をまだまだ実感することかと思いますが、皆さんも下は十九歳から上は二十八歳までの若者です」

 二十余名いるというこの第二期の同級生の中には高校を卒業したての人もいれば、一度社会に出てから入学する人もいる。一度入学した大学を中退して再入学する僕のような人も二、三名いるという各々の自己紹介はすでに先ほど済んでいた。中には日本の他大学を受験して落ちたから入学すると言っていた人もいた……

「一人の人生という長い道のりの中では、ここにいる誰しもが発展途上とも言えるわけです。まだまだ未開の部分も数多く残されていくことでしょうから、現地の中国の街並や人々を汚いと見下げるばかりでなく、タンやツバを吐き散らしている人々の民度を疑うばかりでなく」というようなネガティブな情報についてまでは、事前に配布されている冊子には記されていなかったはずである。「自分自身のことの方にもきちんと疑問の矛先を向けてみてください。自分は完成された人間なのかと。自分はすでに2008を迎えた人間なのかと。中国自体も今国家を挙げて2008に向けて新しい自分になろうとしている所なのです」

 諸々といった所はたしかにその留学生活の手引きの冊子の中に要所要所で記されていた気がするし、表紙にもそんな文言があった。

「新しい自分になろうとしているんです」文言の方はもっと檄するような調子だったはずだ。「中国初のオリンピックの開催に向けて発展していこうとしているんです」

 とやはり若者を相手にするにはかなりの低姿勢に感じる調子で口では続けていっている。事前に注意を促しておくといった中身ではあるけれど、口調そのものはただ単に事実をのべている。むしろ言いたくもないことを言わされているような調子で、実際に頭を垂れて腰を屈めた低い姿勢になっていて、視線も下にあるままだ。

「オリンピック開催がきまったのもまだ二年前なのです」というような情報はすでに本日二度目か三度目にきいていた。僕たちの側もちらほら視線を下に向け始めている。前の便が遅れていることもあるのか、搭乗時間まではまだ二時間以上あって、そのすべてを使い切ろうとしているかのようにこの初老と思しい男は話し続ける。「何千年とある歴史を変えていこうとしているわけですから、そのあたりは何卒ご理解いただきたく」

 といった若者たちには恭しすぎる敬語は、親に向けられたものだろう。〝壮行会〟という名目をもっていることもあって、初老よりははるかに年配に見てとれる親などもここにはいるのだが、かれらには今のところ一切発言する場が与えられていない……

「これからはどんどんどんどん」〝どんどん〟をあと四つも続けた。「良くなっていく一方ですので、新しくなっていく一方ですので。先ほども何名かの――いや、十何名かの新入生も言ってましたが、たしかにこれからは五年後のオリンピックに向けて中国経済も上がっていく一方です。世界経済を席巻していくことでしょう」学生の発言をそのままパクるように反復していった。「ますます中国の重要性は高まり、中国語習得の付加価値は高まっていくことでしょう。皆さんが卒業する四年後には――オリンピック開催の前年には、商社のみならず多方面の企業から引っぱりダコとなることも夢ではないかもしれません」

 というような夢を語っていた内の一人が何を隠そう、この僕だ。

「先ほどの自己紹介の中でも、中国の将来に自身の将来をすり合わせていた方も多くいたと思います。面接試験や志望書類の中でシャーペンの芯を五、六本折ったような筆圧で力強く書かれていた方もいたかと思います」それも僕かもしれない……「中には中国の昔の三国志や西遊記などに興味を持たれての方もいらっしゃいましたが」それは僕ではない。〝三国〟も言えないし、ゴクウやサンゾー法師が出てくる西遊記も中国の物だとは知らなかったくらいだ。「大多数は中国の将来・未来に思いを馳せた方々ばかりでした。ですからまだまだ未完成の自分自身を見つめるようなつもりで、中国のことも見つめてあげてください。皆さん同様にとても潜在能力のある国です」というおべっかめいた言葉の方には、僕よりもななめ後ろの親の方がうなずき返している。「中国にはもともと世界の中でも一、二を争う広大な土地があって、人口も十二、三億はいるとされている。単純計算で日本の約十倍なんだ」とかつて僕に父親が教えてくれたように語を継いでいる。「だから中国がこれから本当に目を醒ましたら、とんでもない力になる」から、中国に行ってみたらどうだ? と最初に勧めてきたのはこの父親なのだ。スポーツ推薦で入学した大学をケガと共に辞めざるをえなくなっていた自分に対して、ほら、オリンピックがあるんだぞ、おまえの好きなスポーツの祭典が……というようにお祭り男のようにも扱ってきていたけれど、べつにオリンピックどうこうはどうでもいい。ただ単に体を動かして余計なことを考えずにいられた時間が好きなだけだったので、えッ!? オリンピックがあるんすかッ!? 中国でッ!? というように存在すら知らない反応を示していたわけだが、僕を見つめ返す父親の瞳の中にカンバスのように淡々として映っている僕の瞳の中でさらに強い芯をもって煌めいている父親の瞳の核を受けとめて、行ってみようかな……と念頭におきはじめたのである。べつに他にやることもないし、隣国で帰りたくなったらすぐに帰ってこれるし……という言葉まで父親の耳に拾われていたかはわからない。「中国が本当に目を醒ましたら、とんでもないことになる」現物のように覚醒したまなざしでこちらを見つめ続ける父親の夢に乗せられて、僕は中国に下りたったわけだ。約四時間ほど乗ってきた飛行機然と、父親は右翼にも左翼にも偏っているわけではない(と思う)。朝刊を読みながら左の発言もするし、右の発言もする。両翼でバランスをとりながら、フラフラと生きてきた人間のように受けとめられているけれど、もちろん僕が物心ついたあたりぐらいのことしか知らない。僕が生まれる前の同じ学生時代の話なんかはきいたこともないし――そういえばお父さんはどんな学生だったんですか? ときいても、大学の授業にはあまり出なかった……くらいのことしか話したことがないし、だったらお父さんは中国の大学に行こうと思ったことはないんですか? と問い直してみると、行きたかったさ……とすでに逆接の意が込められているように語尾をさらに窄めて、もう一度朝刊を見るフリをしてから、言葉を続けていた。行きたくても行けなかったんだ。旅行にすら行けなかったんだ……とも言いながら、記事の下の広告欄に視線を落としている。フリではなかったんだろう。そこには秋の京都を案内する二泊三日の旅が掲載されていたが、視線の核はすでに隣の広告に据えられていた。硬貨のような輝きも放っていたが、きっと〝旅行にすら行けなかった〟理由は金銭的な理由ではなかったんだろうことくらいは僕にも察することができる。広告の最後は白抜きでこう結ばれている。国交正常化以来初となる四月入学の中国の四年制大学への留学です!。〝!〟がどこにかかっているのかが僕には今ひとつわからないままだ。

( 続きは全集にてお楽しみください )